2007 IIHF 世界女子アイスホッケー選手権ディビジョン I オフィシャルサイト
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インタビュー
冨田正一(日本アイスホッケー連盟会長)インタビュー
2010年バンクーバー五輪出場の第一歩といえる今回の世界女子選手権。冨田正一・日本アイスホッケー連盟会長に、今大会の開催に対する思いを聞いた。
── 日本での世界女子アイスホッケー選手権開催は、初めての試みです。
冨田 2008年に国際アイスホッケー連盟(IIHF)が設立100周年を迎えるにあたり、IIHFの中で、(アイスホッケーが盛んな)ヨーロッパや北米ではなく、アジアで世界選手権が開催できるなら協力しようという動きが出てきました。  こうしたことからIIHF、各国の連盟などの尽力を得て、07年は日本をはじめ、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮、女子ディビジョンII)、中国(男子ディビジョンI-B)、韓国(同II-B)のアジア各国で世界選手権が行われることになりました。
── 開催地は日光になりました。
冨田 もともとアイスホッケーの盛んな日光ですが、次の世代に向けアイスホッケーの花を咲かせたいという日光市の方々の思いがありました。地元の政財界の皆様、連盟関係者の熱い思いがあって、開催が実現したのです。日本での世界選手権開催は24年ぶりになりますが、選手たちの一生懸命なプレーが、会場に足を運んでくださった方に感動を与えてくれると思います。
── 女子アイスホッケーは1998年の長野五輪で正式種目となり、日本は開催国として出場。防戦一方の試合内容でしたが‥‥。
冨田 確かにそうでした。しかしその後は、アジア大会では長年勝てなかった中国に勝てるようになり、04年11月のトリノ五輪最終予選では、出場は逃したものの得失点差「1」まで迫るなど、確実に成長してきました。
3月中旬に行われた苫小牧合宿を見ましたが、長野五輪の頃と全く違い、アイスホッケーを理解したプレーをしているのです。緊張やアンラッキーがなければ、日本選手は一流のプレーを見せてくれると思います。
── 着実に進歩してきていると。
冨田 もちろん日本アイスホッケー連盟は、2010年のバンクーバー五輪に男女とも送り出したい気持ちでいっぱいです。とくに女子は(世界ランキング10位と)バンクーバーへの最短距離にいますので、今季はカナダ遠征等を行い強化してきました。思い入れがあります。
── 選手、ファンへのメッセージを。
冨田 私自身、中学・高校時代にアイスホッケーの試合を見て、他の競技をやめてしまうほどその魅力に惚れ込み、東京出身ながら実業団チームでプレーしました。そして、北海道出身の選手を差し置いて日本代表にもなりました。人間はやる気と努力があればできるということを、身を持って経験したのです。
体格では外国人選手より劣りますが、技術と大和魂、そして1億人の日本人の代表であるという自覚とプライドがあれば、最後の1秒まで諦めないプレーができると思います。
ファンの皆様には、このような日本代表のプレーはもちろん、世界から集う国々のプライド、技術、どれをとっても最高レベルのプレーを感じとっていただければ、嬉しい限りです。

<プロフィール>
冨田 正一(とみた しょういち)

1936年東京生まれ。ゴールキーパーとして15シーズンにわたってプレーし、60年スコーバレー五輪、62年世界選手権に日本代表として出場。現在、日本アイスホッケー連盟会長のほか、国際アイスホッケー連盟副会長を務める。
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