| 2007/4/9 最終回 新たなるスタート |
「夢の続きを語るならば、その夢を果たした時、果たした人間でないと語れない。何もしていない私は、夢の続きも語れはしない。
後々からこみあげてくるこの悔しさを晴らすには、かなりの時間が必要だろう。
この悔しさはオリンピックに出ない限り晴れない。思い出してはこみ上げてくる涙。行き場のない怒り。ぶつけることのできない腹立たしさ。
自分に対する自信もプライドも何もかも失ってしまった。
日本に残っていた充子やみんなにあわせる顔がない。子供たちの夢を奪ってしまった。
今の私にわきあがってくる気持ちは、自分がオリンピックに行きたいという気持ちと、これからの選手にオリンピックを経験させたいという気持ち。
あの最高の舞台を味わわせてあげたい。そんな気持ちにさえなる。・・・」
この文章には続きがあって、ノート5枚にわたって書かれている。書かれている、といっても他の誰が書いたものでもない、これは私が書いた文章だ。
日付は、「2001・2・12」。ソルトレイクシティー五輪最終予選で敗れ、帰国するときの飛行機の中、座席の明かりを頼りに書いた。
眠れなかった。
泣きながら、書いた。
当時の代表監督である八反田孝行さんに、試合後、
「日本に帰ったら、今の気持ちを書きとめておきなさい。この悔しさを、忘れたらいけない。」
そう言われていた。
その予選で、キャプテンを務めていた私。ノートに書いた文章を、他の誰かに見せることはないと思っていた。あれから6年。
この世界選手権の大会コラムを書くにあたって、当時のホッケーノートを読み返して思った。
これからの日本代表に、JAPANのみんなに、もう、あんな思いはしてほしくない、と。
この世界選手権Division Iで、バンクーバー五輪出場を目指すJAPANは地元開催というプレッシャーをはねのけ、見事優勝した。
よくやったね。がんばったね。
そう言葉をかけてあげたいけれど、あくまでこの大会は、オリンピックに出るための通過点。
来年のトップディビジョンや、その先には最終予選が待っている。そしてもちろん、それぞれの所属チームに戻り、JAPANをめざす選手同士の戦いも。
この先に見える戦いの厳しさを一度経験したことのある私は、どうしてもまだ「おめでとう」とは言えない。
これからが、バンクーバー五輪出場に向けた、本当の戦いのスタート。
新たな戦いが、また明日から待っている。
「努力すること」に麻痺せず、それぞれが課題を克服し、世界のトップレベルでも互角に戦うことのできるJAPANになってほしい。
あのときの悔しさを晴らし、「夢の続き」を語れるときが来たら、そのとき私は心からJAPANのみんなに、「おめでとう、そしてありがとう」と言いたいと思う。
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