| 2007/4/8 第11回 視線の先に |
いい眼をしていた。
7点差という圧勝の試合であっても、もう優勝が決まっている試合終了間際であっても、彼女たちの眼は、最後の最後まで戦いに挑んでいた。
このコラムを書いている期間中、私はちょっとした約束事を自分に課していた。「選手としての目線」で書きたいことはあっても、ちゃんと一線を引こう。自分も「選手」の一員なんだと勘違いしないようにしよう、と。
そのために、わざとヒールのある慣れない靴を履いてリンクにいったり、八戸で営業の仕事をしている時と同じように化粧をしたりして、選手としてアイスホッケーをしているときの自分とはちょっと違う自分で、この大会を見ようと思った。
優勝がかかったフランスとの試合。会場の誰もが、「明日のチェコ戦を待たずにこの試合に勝ったらJAPANが優勝」ということを知っていて、日光霧降アイスアリーナはそれまでにない盛り上がりを見せていた。
第1ピリオドこそ0-0だったが、第2ピリオドにはいって十川が先制点を奪うと、得点力不足というJAPANの課題を吹き飛ばすかのように続々と追加点を重ねた。
勝てる。そう思った私は第3ピリオド、いつも見ている観客席を離れた。
そうだ。今日だけは、選手と同じ「目線」になろう。
今日だけは、同じ目線で、試合が見たい。
追加点が入り盛り上がっている観客席から下り、報道関係者や大会関係者しか入れないリンクサイドに立って、私は試合を見てみた。
観客席から見ていたときと感覚が一気に変わり、「選手の目線」にかぎりなく近くなった。
太鼓の音も歓声も、トーンダウンして聞こえる。リンクの上には、ただひらすらパックを追い、ゴールを狙う選手たちがそこにいる。
点差をつけて勝っていることに満足し、優勝の瞬間を待つだけのプレーをするような、手を抜く選手は誰もいない。あきらめの気持ちが表れているフランス選手に比べ、JAPANの選手は「まだゴールを決めるんだ」という気迫が見える。必死に相手DFにぶつかり、パックを追いかけ、ゴールを狙いにいく、戦う選手の「眼」がそこにあった。
おそらく、あのまま観客席にいたら見られなかった、「選手としての目線」と、選手の「眼」。
選手の鋭い眼に胸が熱くなるとともに、彼女たちにとって、この世界選手権Division-I優勝というのは、決してゴールなんかじゃない。
あくまで、オリンピックに出るための通過点に過ぎない、ということを改めて印象付けられた。
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