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あゆみ'S EYE 〜佐藤 あゆみ 大会コラム〜
 
2007/4/3 第7回 雪の日の朝
春の日光は、はるばる海を越えて来日した海外の選手たちに日本のなごり雪の景色を見せたかったようだ。 開幕戦から一夜明け、外では雪が舞っている。 八戸から日光入りした私にとっては、「あ、雪だ」くらいの日常的感覚だったのだが、東京在住のウェブサイトスタッフたちは、「雪だよ〜。どうするよ〜?」とちょっとバタバタし始めた。

私が泊まっている宿の向かいには日本代表が宿泊しているホテルがあって、正面玄関に停まっていたバスに、おや、日本のやまとなでしこたちが乗り込んでいる。 どうやら、朝の練習に向かう時間だったようだ。
気づくかな、とちょっと期待しながら窓をあけ、雪が降ってきたことに驚いているかのような観光客を装ってみたのだが、意外にもすぐにバレてしまった。
「おはよ〜!!」
バスの中にいた何人かが、手を振ってくれている。 道路を挟んでいるので距離があるにも関わらず、バスの窓を開けて大声で叫んでくれたのは、チーム最年長、十川由希。 「最年長」といってもまだ29歳で、私と同じ年齢だ。

彼女と初めて会ったのは、高校1年生の夏だった。 もう、13年も前のこと。 北海道アイスホッケー連盟が主催したカナダ遠征合宿に八戸からもどうですかと声をかけられ、当時八戸レッズに所属していた私も参加した。 ここからはあえて、「ゆう」という呼び名を使わせてもらいたいと思う。
当時の私は人と会話することが得意ではなく、北海道の選手と一緒にプレーすることも初めてで正直、あまりゆうと会話した記憶はない。
けれども、ゆうのことはよく覚えている。それはゆうが、バック宙ができる女の子だったからだ。 氷上練習の合間、みんなで遊んでいるとき、なにやら歓声が聞こえた。 ゆうのバック宙にみんな盛り上がっていたのだ。私も近寄って見ていたが、カルガリーのさわやかな青空の下で彼女は身軽に宙を舞っていた。
すごい子だな。それが、私がゆうに持った第一印象だった。

ゆうはその後、高校2年生のとき初めてJAPAN入りを果たした。 それから毎年、代表メンバーに選ばれている。 緊張しっぱなしで会話すらできず、ゆうを遠くから見ているだけだった私も20歳のとき、長野五輪で初のJAPAN入りを果たし、ゆうと共に夢を追いかけ、戦う日々が始まった。
世界との差を痛感した長野五輪の悔しさ、初めて世界選手権Bプール(現在のDivision I)で優勝した喜び、そしてソルトレイクシティー五輪予選で敗退し、この上ない心の痛みも、ともに味わった。 その後私は自分にしかない夢を古巣の八戸レッズに求め、日本代表からも離れたが、ゆうはずっと、あの悔しさを晴らすためにがんばってきた。
10年以上も日本のトップレベルで戦っている彼女は、29歳という年齢をまったく感じさせないほど、この世界選手権で以前と変わらず輝いている。試合に向けて、ベテランらしく、ピークもしっかり合わせてきた。プレーのキレの良さもピカイチだ。若手選手に負けずに氷上を走り回り、小柄なその体で大柄な海外の選手に向かっていく姿を見せている。

やっぱり、ゆうはすごい。
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